Episode No.3550(20100111)
勝手な想像シリーズ
ニキビっ面の2人
勝手な想像シリーズ

正月2日の朝…
所用があって横須賀線の下り電車に乗った。

普段なら、
この時間の下り電車はがらがらのはずだが、
空は雲ひとつない、いい天気。
絶好の初詣日和とあって、
車中は鎌倉に向かう人で混雑していた。

ドアのわきのポールにつかまって見渡すと、
反対側のドアの前に
高校球児のようなイガグリ頭の少年がいた。

少年は、つり革に手を伸ばすこともなく、
時折腰をくねらせては
電車の揺れにバランスを合わせている。

次の駅に停車すると…
少年と同じくらいの年頃の少女が乗ってきた。

男物だか女物だかわからないような
ジャンパーを着込んだ化粧っけひとつない少女は、
イガグリ頭の少年を見つけると
「あ! おはよう」と、控えめに声をかけた。

2人の顔はニキビでいっぱい。
そのニキビのせいか…
それとも別の理由からか…
おそらく今年初めて目を合わせた
2人の顔は、ほんのり赤くなっているように見えた。

2人きりの初詣デート?
いや、それにしては
2人の間には距離があり過ぎるし、
話もそうはずんでいるような感じではない。

おそらくは…
クラスの男女数人ずつで
鎌倉の改札あたりで待ち合わせをしていて、
集合場所へ向かう途中、
この2人が偶然車中で出くわしたのだろう。

駅に着くまでの、
ほんの10分くらいの2人きりの時間。

もっと話せばいいのに…
電車の揺れに身を任せているだけの2人。
チラッと相手の方を見ると、
相手もチラッとこっちを見ていて、
あわてて視線を窓の外にやったりしてね。

スポーツマンで、
わりと女子の人気もある彼にとって、
彼女は好きでもないけど嫌いでもない存在。

それでも女子と2人きりという
シチュエーションは、充分、彼をドキドキさせる。

わりと地味なタイプの彼女にとっては、
人気者の彼と2人になったことへの戸惑いと
…内心喜びもある。

でも、人一倍のニキビっ面であるが故、
何となく自分に自信を持つことが出来ないでいる。
…お互いさまなんだけど、ね。

駅に着けば仲間たちがいて、
男子は男子同士で
悪ふざけをしながら境内をジクザクに進み…
女子の中にはきっと、
ハキハキとものを言う子が一人くらいいて、
「ちょっとお! 早すぎるってばぁ〜」
…とか叫んだりしてね。
後を追う女子の、
そのまた後を追ってるニキビっ面のこの彼女は、
グルーブの中では埋没しちゃうんだろうな。

それでも…
今年一番で
ツヨシ君(想像上の仮名)に逢ったのは
自分なんだ…なんて
帰り道にフッと満月に笑顔を見せたりして、ね。

こんな2人が、
この時の思いを口にすることができるのは
…30年後くらいの同窓会じゃないか。

同窓会の帰りの最終電車。
彼女はとっくに、
あの時のことを思い出しているが口にはしない。

やがて彼が…
「そういえば、いつだかの正月にも
 こうして2人で電車に揺られたことがあったね」
…なんてぼそっと言うと緊張はいっきに高まる。

もうその時、自分たちには、
当時の自分たちと同じくらいの年頃の
息子や娘がいるんだけど…
自分が親になっている現実なんて、
すっかり忘れちゃって、気持ちだけ30年のタイムスリップ。

かといって2人は決して不倫なんかしない。
何せ、気持ちが昔に戻ってるから、
ただただ緊張感だけが蘇ってくるだけ。

その後、2人が直接連絡を取り合うこともない。
想い出は想い出のまま、
2人の関係は何も進行することはない。

それでも…
日常に追われ、このことを忘れかけた頃、
彼女はほっぺたあたりに違和感を覚えて、
満月のように丸い手鏡を取り出すんだ。

そして、
年に似合わずニキビができているのを見つけると
…フッと笑うに違いない。

勝手な想像を巡らせながら、私は2人を背に電車を降りた。
…いいよなぁ、青春って。ああ甘酸っぱいっ(笑)。

─別の勝手な想像シリーズ「浜辺の親子


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