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Episode No.214(990504):原宿の洋食屋

「いらっしゃいませ。今日は牛肉のサラダがおいしくできていますが・・・」

扉を開けると、厨房の中からマスターが、こう語りかけてくる。
そんな洋食屋が昔、東京・原宿の神宮前交差点にあった。

店の名前は「ウィンボンボン」。

ドイツ、ならびにオーストリア大使館で15年もコックの腕をふるっていたという、このマスター。
味に対するこだわりは相当なもの。
カウンターにはグレープフルーツやらレモンやらが漬け込まれた特製のドレッシングが、よく家庭でムギ茶などを入れる時に使う、あの大きなビンに入って置かれていた。

味にこだわりはあるものの、店構えにはさしたるごだわりは感じられない。
6〜8畳ほどの店内はカウンター席のみ。
座席は確か6〜7人ほどでいっぱいになる。
奥の人が出る時には、手前の人の協力が不可欠だ。
気さくに声をかけるマスターのいでたちは、いつもランニング姿。
河原崎長一郎に、ちょっと感じが似ていた。

そんなわけで、この小さな洋食屋は知る人ぞ知る"通"好みの店だった。

マスターが奨める"牛肉のサラダ"もよく食べたが、ロールキャベツと牛肉をダンゴ状態にして長時間煮込んだ"爆弾三銃士"と呼ばれる料理もよく頼んだ。
いずれも大盛りのライス付きで味はもちろん、ボリュームも充分で行く度に満足して帰ったものだ。

残念ながら、この店は今はもうない。
マスターが風邪で寝込まない限りは休まないと言っていた店だが、数年前にのぞいた時にはシャッターが閉じたまま。
最近は行くこともなくなってしまったが、おそらくほかの店に変わっているのではないだろうか。

古いものが消え、新しいものに変わっていくのは自然の道理だが、店構えだけはピカピカだがアルバイトだらけの味のない店ばかりになってしまうのは何とも寂しい感じがする。

ある日「ウィンボンボン」の扉を開けると、珍しく客がいなくて、いつもは厨房の中にいるところしか見たことのないマスターが客席に座っていた。
紙のバインターにブ厚い原稿用紙をはさんだのを広げて、鉛筆を片手に何か書きものをしている。

スープの本を書いているのだという。
明日は、このマスターが書いたスープの本について、ご紹介しようと思う。


参考資料:とくになし

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