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Episode No.082:ミスター・アメリカ

12月1日は"映画の日"。

今年は黒澤明監督に続いて、淀川長治さんが亡くなって、11月20日には"男はつらいよ"のタコ社長で馴染みの深い太宰久雄さんも亡くなっていたというニュースが流れ、ちょっと寂しい"映画の日"となってしまった。

淀川さんが生涯に数え切れないほどの映画を観ていることは周知の通りだが、中でもお気にいりだったのが、チャップリンの"黄金狂時代"と、ジョン・フォード監督の"駅馬車"だったという。

ことに、"駅馬車"は、当初、邦題に予定されていた"地獄の馬車"というタイトルが気に入らず、淀川さん自身が"駅馬車"と名付けたこともあって、思い入れはひとしおだったろう。

"駅馬車"の主演といえば、ミスター・アメリカの異名をとるジョン・ウエイン。

そのミスター・アメリカも、ジョン・フォードに見い出されるまでは撮影所の掃除夫だった。

ある日、良かれと思って片づけたセットが、ジョン・フォードの撮影中のもので、大変な大目玉をくらった。これが、名監督との出会い。

必死に謝る彼を見て、何かを感じたジョン・フォードは、この掃除夫にメシを御馳走してやり、以来、ジョン・ウエインは、ジョン・フォードを神のように崇拝していったという。

ジョン・フォードが撮影中のある作品で、誰も引き受け手のなかったスタントをジョン・ウエインが命がけで買って出たことから、その結びつきは一層強くなる。

そして「この男のために1本撮ってやろう」とジョン・フォードが企画したのが、"駅馬車"だったというわけ。
この一作で、ジョン・ウエインは一気にスターダムにのし上がった。

こういった経歴を持つ苦労人のジョン・ウエインは、新人に対して暖かい励ましを贈ることを忘れなかった。

「やあ、私はジョン・ウエインという者だ。ひと言お祝いを言いたいんだが・・・」

ミスター・アメリカに握手を求められた新人俳優は、誰もが恐縮し、感動した。

「まるで、この俺がジョン・ウエインを知らないような口調で近づいて来て、握手してくれた。この時のことは死ぬまで忘れないだろう」

そう回想するのは、わずか60ドルのスーツを着て"ロッキー"のプレミアショーに立った、シルベスター・スタローンである。


参考資料:「淀川長治の映画塾」NHK BS放送
     「ハリウッド映画100年史」筈見有弘=監修 イチムラ コレクション=刊

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