Presented by digitake.com

 

Episode No.053

彼女は3人姉兄の末っ子。姉とは11歳、兄とは10歳も離れていた。

彼女が生まれたイギリスでは、義務教育がまだ始まったばかりで、彼女の母親は目のために8歳までは文字を読まない方がいいと真剣に考えていた。
しかし、小説家を志していた姉の影響もあって、彼女は自然と本を読むことが好きになる。
そんな彼女を見て、父親は母親にないしょで彼女に読み書きを教えていた。

彼女がまだ幼い頃、ある晩、姉がこんな話をした。

「ねぇ、あなたは私たちの上に、もう一人姉さんがいることを知ってる? 顔は私とそっくりで、名前はナンシー。気が狂っているんでみんなが隠して、岬の洞窟に一人っきりで住んでいるの。でも、時々うちに帰ってくるのよ」

そう言って、部屋を出ていくと、ひとり残された彼女は今の話について考え込んでしまった。
ほどなくして部屋に、ひとりの女性が入って来た。

「姉さん! 遅かったじゃない!!」

「あなた、誰? わたしはナンシーよ」

彼女はこのひと言に思わず大きな悲鳴を上げてしまった。
驚いて駆けつけた母親。そして、ナンシーに扮した姉は大笑い。
母は姉を怒ったが、悲鳴を上げた当の彼女はケロッとして言った。

「ああ、おもしろかった」

その後、姉に勧められて小説を書き始めた彼女は、ミステリーの世界に惹かれていく。

「あなたにミステリーなんか無理よ」という姉を見返すために、彼女の懸命な努力は続いた。

毒薬の知識を身につけるために薬剤師にまでなった彼女が、ついに姉を屈服させたのは、26歳の時。

最初に出版された本のタイトルは『スタイルズ荘の怪事件』。
毒殺事件を追う、ちょっとキザな名探偵の話だ。

以後、60年間、ミステリーの女王として君臨したアガサ・クリスティーは、名探偵ポアロとともに世界中の人気を集めた。


参考文献:「世界の伝記 アガサ・クリスティー」数藤康雄=監修 集英社=刊

[ Backnumber Index ]